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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)953号 判決 1960年4月28日

控訴人(原告) 安島旭吉

被控訴人(被告) 国

原審 東京地方昭和三一年(ワ)第三、六八一号

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、原判決を取り消す、被控訴人は控訴人が昭和三十三年九月一日に出願し、同日受理された同年特許願第二四七七四号「安島布」製造法の特許出願について速やかに査定をなすべき義務があることを確認する、との判決を求め、被控訴人指定代理人は、主文第一項通りの判決を求めた。

二、(一)控訴人が請求の原因として主張する事実は、当審において従来の主張を釈明して次のとおり述べたほか、原判決事実摘示のとおりである。

控訴人は、昭和三十三年九月一日、その発明にかかる安島布製造法について特許出願をしたところ(昭和三十三年特許願第二四、七七四号)、特許庁は、この出願につき迅速な審査をせず、漫然と放置している。控訴人は、右出願に基き、万国工業所有権保護同盟条約による優先権を主張して、一九五九年六月三日、アメリカ合衆国に特許出願をし、第八一七、九四八号をもつて受理されているが、わが国の特許庁における審査が迅速に行われなければ、その関連において、控訴人は莫大な損害を受けることになる。

よつて、控訴人の前記出願について速やかに審査し、査定をなすべき義務あることの確認を求めるものである。

(二) 被控訴人指定代理人は、次のとおり答弁した。

控訴人主張のような特許出願がされたこと、及び右出願に基く優先権を主張してアメリカ合衆国に特許出願がされ、それが受理された事実は認めるが、その他の点は知らない。

三、(証拠省略)

理由

まず、本訴の適否について考えるのに、原判決は、控訴人が準備手続において釈明を命ぜられたにもかゝわらず、請求の原因を明瞭にすることができなかつたから、不適法な訴であつて、その欠缺は補正することができないものである、としたのであるが、控訴人は、請求の趣旨として、被控訴人は控訴人が昭和三十三年九月一日に出願し、同日受理された同年特許願第二四、七七四号「安島布」製造法の特許出願について速やかに査定をなすべき義務があることを確認する、との判決を求めるものであることを明らかにしており、ただ請求の原因として主張するところは、前後に脈絡がなく、種々の事項を羅列してあるのみであるので、それ自体では何を云わんとしているかを捕捉しがたいけれども、前記請求の趣旨との関連においてこれをみるときは、控訴人は前記発明の特許を受けて、これを実施し、アメリカ合衆国にも進出して、これが企業化を着々準備しているところ、特許庁の審査遅延のため、控訴人の右権利の実行に障害をこうむつているので、右障害除去の手段として、被控訴人に速やかに控訴人の特許出願につき審査をなすべき義務のあることの確認を求める、というにあることを、推測し得られないでもない。しかも、控訴人は、当審口頭弁論において、事実欄に記載したとおり主張し、その主張の当否はもちろん別として、とにかく請求の原因として主張しようとするところを明らかにしたので、原判決が前記のとおり、本訴は請求の原因が明瞭とせられない点において、不適法であり、その欠缺は補正することができないものである、としたことは結局失当たるを免れない。

しかし、進んで控訴人が本訴において求めているような、被控訴人国に対して控訴人のした特許出願につき速やかに査定をなすべき義務のあることを確認する、というような請求が許されるかどうかについて検討するのに、およそ一般的に国家機関ができるだけ速やかにその職務を遂行すべき義務を負つていることは、当然のことであつて、裁判でこれが確認を求めるまでもないことであるし、また特定の事務をいかなる時機に処理すべきかは、そのそれぞれの事務の特殊性に関連して決定さるべきであるので、もしそれが当然処理さるべき時機に、しかもその可能なるにかゝわらず、処理されなかつたとしても、これが是正は行政監督の上でなされることを相当とし、裁判によつて迅速にこれを処理すべきことを命ずることを求め、或いはその義務あることの確認を求めるがごときは、許されないところであるといわなくてはならない。

本訴は要するに裁判所の権限に属しない事項につき裁判を求めるに帰着し、不適法な訴であり、その欠缺は補正できないものというべく、とうてい却下を免れない。

原判決の理由とするところは、当裁判所の右判断と異なるが、その主文において前示結論と一致するので、民事訴訟法第三百八十四条第二項にのつとり、本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

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